ホーム 消費 ファイナンス 技術 ファッションアイコン 親子教育 もっと

「軍国主義はダメ」小学生に出された宿題は教科書に墨を塗ることで… ページを切り取り一番薄くなった本は

2025-12-29 HaiPress

<戦後80年私のことば12月前編>

敗戦から4カ月となる1945(昭和20)年12月15日。東京都滝野川区(現在の北区)の志村建世さん=滝野川国民学校初等科6年=は、教科書のページを切り取ったり、墨で塗ったりする作業を続けていた。

◆「このごろ毎日そればかりやっています」

「学校の教科書も、軍国主義の物はいけないというので、全部の教科書を、悪い所だけ削除することになり、このごろ毎日そればかりやっています」(15日付の志村さんの日記)

1946年の日記を手に、当時を振り返る志村建世さん=15日、東京都中野区で(池田まみ撮影)

当時の文部省は1945年9月、教科書から戦時色の強い表現を削るよう指示。さらに10月には、連合国軍総司令部(GHQ)が「日本教育制度に対する管理政策」という指令を出した。そこには「軍国主義的及び極端なる国家主義的イデオロギーの普及を禁止する」などとあった。

これを受けて、学校では教科書のページの切り取りや墨塗りを、子どもたち自身の手で進めていた。

日記の12月15日の続きを読むと「一頁(ページ)全部悪い所は切(きり)取り、一部分だけの所は墨で消して読めないようにしました。これをよくやらないでおいて見つかると、先生が首になるそうです」とある。

◆「いい詩なのに、こういうのはいけなのか」

1945年12月14日、15日の志村建世さんの日記=東京都中野区で(池田まみ撮影)

この時に抱いた気持ちを、志村さんは今も覚えている。「鎌倉の歌だったかな。『七里ケ浜の磯伝い』とか『鎌倉宮にもうでては』とか、こんなことまで消さないといけないのか。いい詩なのに、ああ、こういうのはいけないんだなと、しみじみ感じた」

どうやら当時6年生向け教科書「初等科国語八」の74~77ページに載った唱歌「鎌倉」のことらしい。文部科学省のウェブサイトに、この部分の削除前後の写真がある。74ページは墨塗り、75~76ページは切り取り、77ペ...

残り

738/1475 文字

この記事は会員限定です。

無料会員に登録する

有料会員に登録する

ログインして続きを読む

有料会員に登録すると

会員向け記事が読み放題

記事にコメントが書ける

紙面ビューアーが読める(プレミアム会員)

※宅配(紙)をご購読されている方は、お得な宅配プレミアムプラン(紙の購読料+300円)がオススメです。

会員登録について詳しく見る

よくある質問はこちら

免責事項:この記事は他のメディアから複製されています。転載の目的は、より多くの情報を伝えることです。このウェブサイトがその見解に同意し、その信頼性に責任があることを意味するものではなく、法的責任を負いません。 このサイトのすべてのリソースはインターネット上で収集されます共有の目的は、すべての人の学習と参照のみです。著作権または知的財産権の侵害がある場合は、メッセージを残してください。

最新の

トレカショップ「The TCG Shop AKIHABARA」の運営会社が破産へ トレカ相場の影響

いま話題の練馬区長選挙、勝敗を分けたのは小池都知事のあの行動…担当記者たちがたっぷり語った現場の潮目

小池百合子知事、「右腕」が敗れた練馬区長選挙は「残念な結果だが、また活躍を」 敗因を尋ねると

東日本大震災から15年…心を寄せ、鎮魂・復興・希望を踊る 松山バレエ団が新「コッペリア」を5月に再演

アルバルク東京、克服できない課題が… 横浜BCに痛い1敗 小酒部泰暉、CS進出へ「一つになるしか」

蒲田で平壌冷麺 『元祖平壌冷麺 食道園』

© 著作権 2009-2020 毎日の时事    お問い合わせください  SiteMap