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終戦で中国に取り残された私を育ててくれた「世界で一番の母」 戦後80年を超えて伝えたい、感謝と友好

2025-12-29 HaiPress

終戦で中国に取り残され、その後に日本に帰国した残留孤児らが今秋、中国東北部のハルビン(黒竜江省)を訪問した。2009年以降、養父母らの恩に感謝を伝えようと数年おきに訪中してきたが、高齢化が進み、戦後80年の今回を最後の「感恩の旅」とした。訪中団長を務めてきた池田澄江さん(81)=東京都足立区=は「育ててくれた中国への感謝と日中友好の思いは変わらない」と、高市政権下でぎくしゃくする両国の関係改善を願う。(森田真奈子)

養父母への感謝や日中友好への思いを語る池田澄江さん=東京都内で

◆ギリギリの生活でも、周囲の人を助けた養母

池田さんは1944年、旧満州の牡丹江市で生まれた。1945年8月、軍人だった父はソ連(当時)に連行され、母が5人の子を連れて逃げ回った。母乳が出なくなり、末っ子の池田さんを中国人に預けたという。

商売をしていた養父母は比較的裕福で、池田さんは恵まれた環境で育った。だが8歳の頃、養父が違法な商売をしたとして逮捕され、生活が一転した。

養母は読み書きができず、纏足(てんそく)の影響で足も不自由だったが、早朝から夜遅くまでアイスキャンディーをリヤカーで売り歩き、池田さんが学校に通うために必要なお金を稼いだ。ギリギリの生活でも周囲に困っている人がいれば、必ず食べ物を分けていた。

子どもの頃の池田さん(中)と養父母(池田澄江さん提供)

「私にとって世界で一番の母だった。人を助けることや、うそをついてはいけないことを熱心に教えてくれた」

小学2年の時には、尊敬する女性の教師にも出会った。日本軍の残虐な行為を描いた映画をクラスで鑑賞した際、クラスメートから非難の標的とされた池田さんが泣いていると、教師は「この子が人を殺したわけではない。いじめてはダメ」などと諭した。

「あの時のことはずっと忘...

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