東京変貌〈潤日に迫る〉①(全6回)
「中国人が投機目的でマンションを買いあさっている」
マンション高騰が話題に上がると、二言目にはこんな言葉が出てくるようになった。
東京のマンション価格が高騰しているのは、中国人らの取引のせいなのか。実態を探ってみた。(白山泉)
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ベランダに立って、眼下に見える川を指さす。
「目の前に川が流れ、背後には、このあたりでは最も高いタワマンがあります。川は竜、高くて堅固な建物は虎です。青竜と白虎に挟まれた場所は風水的にも良い場所なんです」
ここは都心の一等地に立つタワーマンションの中層階。晴れた日には、遠目に富士山が見えるという。

夕暮れ時、自宅マンションのベランダから街を見下ろす李さん(一部画像処理しています)
案内してくれたのは、この部屋の住人である李超さん(仮名)。都内の金融投資系企業で働く30代のエリートサラリーマンだ。
2020年に始まったコロナ禍の後、中国から移住してきた。
広さ約60平方メートル2LDKのこの部屋は昨年、2億円近い額で購入した。日本人が買った後に、程なくして手放した中古物件だったという。
詳しい年収は明かしてくれなかったが、日本の大手金融機関から2億円近い住宅ローンを1人で借りていることを踏まえれば、かなりの年収があることが推測される。
中国では、コロナ禍の頃、李さんに限らず、海外へ移住しようとする人が急増した。当時、特派員として北京に赴任していた私も、現地で目の当たりにした。
「潤(ルン)」──。
より良い暮らしを求めて中国を脱出する人たちは、英語の「RUN(逃げる)」とかけて、こう呼ばれていた。
中でも、李さんのように日本に移住する人たちは「潤日(ルンリィー)」と言った。
コロナ禍の頃、私も中国国内にいて、社会の閉塞感が日に日に強まっていくのを肌で感じていた。
当時、中国では「マンションは住むものであり、投機の対象にしてはならない」というスローガンが叫ばれていた。まさに今の東京のマンション市場のためにあるような言葉だ。
不動産バブルでマンションが庶民には買えないほどに高くなり、若者たちの怒りを鎮めるために習近平指導部が掲げた看板政策だった。
しかし、規制を強化したことで不動産大手の中国恒大集団(エバーグランデ)が経営危機に陥るなど、不動産を牽引(けんいん)役としてきた中国経済は冷え込んだ。
さらに、ロックダウン(都市封鎖)や厳しい検疫措置で感染拡大を抑え込む「ゼロコロナ政策」が経済に追い打ちをかけた。若者の失業率が急上昇し、大手民間企業の中堅社員のリストラも相次いでいた。

自分が住むマンションに入る際にもPCR検査の陰性証明が求められた中国の「ゼロコロナ政策」=2022年、北京市内で(白山泉撮影)
中国を離れて数年がたち、日本に生活基盤ができてきた李さんは、「日本に住み続けたいと思っている」と話す。
ただ、なぜ日本への移住を決めたのか、はっきりとは口にしなかった。
中国経済の先行きにあまり期待が持てなくなったことや、中国が社会の統制を強めていることも一因にあるのかもしれない。
「下に降りれば、目の前には広い公園があり、東京の中心にいるということが体感できる。こんな良い物件にはもう出合えないと思い、一晩考えて思い切って購入した」。興奮気味にそう話す姿が印象的だ。
李さんが購入した部屋は、新築で売り出されたときよりも数千万円は値上がりしていたという。
新築マンションの抽選になかなか当たらない中、ほとんど住まずに売りに出ていた中古物件は魅力的だった。
共有スペースを案内してもらった。パソコンに向かって中国語でリモート会議をする人や孫を世話しているとみられる初老の女性など中国人の姿も目立つ。
李さんによると、この界隈(かいわい)のタワマンに住む中国人同士でも、ネット上に小さなコミュニティーができているという。
会社経営者や投資ファンドやコンサルタント、金融機関に勤める人が多く、総じて年収は高い。中国版LINEといわれる「ウィーチャット」のグループチャットで、買い物など生活に関する情報をやり取りしている。
李さんは「安定を求める中国人にとって、日本は人気の高い移住先だ」と語る。
潤日する人の多くは「欧米に行けるほどのお金はないが、そこそこの富裕層。すぐに思いつくだけでも同世代で3人いる」とも。
李さんは、不動産に興味があるといい、東京の市況にも詳しい。東京の不動産についてどうみているのか聞いてみた。

中国の不動産大手「恒大集団」が開発した北京郊外の住宅展示場。経営危機に陥り、「恒大」の名前が黒く塗りつぶされた看板=2023年9月(白山泉撮影)
「シンガポールやニューヨークに比べて、まだ伸びしろがある。品質もよく、台湾リスクを除けば世界的に見て地政学リスクも低いし、政治が安定していて治安も良い」
また、欧米のようにアジア人として差別を受けることも少ない。漢字が読めて、現地の中華料理が食べられる「ガチ中華」の店も増えている環境は中国人にとって心地よい。
親に何かがあっても3~4時間で帰国できることからも、日本の不動産は悪くないという。
中国人が東京のマンションに注目する理由について、上海に住む鄧文静さん(46)=仮名=も明かしてくれた。
鄧さんは、私が特派員時代に仕事でお世話になった日本が大好きな女性だ。
東京23区の新築マンション1戸あたりの平均価格は、今や1億円を超える。それでも鄧さんは、「2億円でも中国人にしてみれば安い」という。
円安によるお値打ち感だけではない。
社会主義下の中国では一般庶民が土地を所有することはできない。「中国で買えるのは70年間のマンション使用権だけ。永遠の土地所有権は魅力的」と話す。
鄧さんは、こんな話も披露した。「中国の日系企業に勤める知人が東京オリンピックの時に上野の近くのマンションを買った。今は賃貸に出していて投資用にしているが、将来的には娘を日本に住まわせたいと考えているらしい」
インターネットで調べてみると、中国では東京のマンションを見学する旅行ツアーまであった。

中国人向けに、ネットで募集している東京の不動産を見学する旅行ツアー
募集しているツアーの一つは、北京発で、都内の不動産を数カ所見学した後、箱根を観光して温泉に入る5泊6日のツアー。1人あたり15800元(約34万円)だった。
見学する物件は、投資用もあれば居住用もある。マンションか戸建てか、新築か中古か、希望に応じて選べる。ツアー最終日に希望者はマンション購入の相談ができる内容となっていた。
潤日の流れは止まらない。
在留中国人の数は、コロナ禍でいったん下がったものの、再び増加に転じている。
2025年6月末時点の数は、ついに全国で90万人を超えた。都道府県別では、東京が突出しており、全体の3割を占めている。

池袋で中華料理店を営む男性も、潤日の一人だろう。
「ゼロコロナ政策の影響は大きく、その後も中国経済は戻っていない」と2年前、日本に事業の活路を求めてやってきた。
上野にある別の中華料理店の料理人も「子どもの教育のため」と、小学生の子どもとともに一家で移住してきた。中国人の間でも人気の文京区に住んでいるという。
潤日の人たちが、都心のマンションの受け皿になっているのは間違いなさそうだ。
ただ、李さんをはじめとして、話を聞いた中国人たちは、投機目的でマンションを買いあさっているようには見えなかった。
そんなとき、特派員時代に知り合った中国人男性のことが頭に浮かんだ。
「東京の不動産は割安だ」
そう話していた男性は、中国の富裕層を相手に日本の不動産を販売する仲介をしていた。
ウィーチャットで連絡を取ってみると、今は東京に拠点を移しているという。早速、都内で落ち合うことになった。

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東京は、100年に1度といわれる大規模再開発のまっただ中にあります。人口減少で地方が衰退する中、東京は活況を極めています。
私たち取材班は、東京で今、何が起きているのか、変貌する街の姿を取材していきます。
今後は、再開発がもたらす光と影や工事費増加の余波、東京の住宅事情などを取り上げていくつもりです。
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