ホーム 自動車メーカー 親子教育 娯楽 モバイルゲーム 技術 もっと

「雨ニモマケズ」の「玄米四合」が「三合」になった教科書に感じたうそくささ 終戦迎え「自由になれた」

2024-08-15 HaiPress

<平和の俳句2024>

赤まんまいくさの果てを見届けり


中村節也(96)東京都北区

宮沢賢治の研究を長年続けてきた中村さんはタデ科の一年草「イヌタデ」を見ると、終戦時に住んでいた自宅(現在の東京都目黒区緑が丘)を思い出す。「戦争が終わり、自由になれた」

赤い小さな花や果実を赤飯にたとえ、「赤まんま」と呼ばれる。疎開前に家族で住んでいた荏原町(現在の品川区の一部)の自宅や勤務先はたび重なる空襲で焼けたが、緑が丘の自宅は無事だった。

太平洋戦争での体験を話す中村節也さん=東京都北区で(川上智世撮影)

◆西洋音楽に熱中…「非国民」とののしられた

小学校時代の恩師の影響で西洋音楽に熱中し、バイオリンに打ち込んだ少年時代。ハワイ出身の歌手灰田勝彦さんの歌をよく聴いていたが、軍歌好きの学友などからは「非国民」とののしられ、石を投げられた。

宮沢賢治の名作「雨ニモマケズ」にある「玄米四合」の表現は、当時の配給制度に合わせて教科書では「玄米三合」に改変されていた。政府をうそくさく感じ、玉音放送を聴いた時は「やっと解放され、好きな作曲も自由にできるんだ」とうれしくなった。

同世代の学生は志願して出征し、多くが亡くなった。「戦争は本当に悲しいものです」(山口登史)

◇◇

若者を兵器にする人間魚雷が保管された洞穴、空襲で犠牲になった友の家にあったサルスベリ…。今も残る場所や草木が、戦争を経験した人たちにいや応なく「あの日」を思い起こさせてきた。東京新聞が8月中に掲載している、読者が詠んだ「平和の俳句」。ウクライナやパレスチナ自治区ガザなどで今も戦火がやまぬ中、つづられた「平和の俳句」には、悲しみ、怒り、不戦への願いが宿っている。

【関連記事】毎日1句紹介「平和の俳句2024」特集


【関連記事】炎上する輸送船から海に飛び込み、重油まみれで見た「蛍の光」とは身に染みた「戦争の狂気」


免責事項:この記事は他のメディアから複製されています。転載の目的は、より多くの情報を伝えることです。このウェブサイトがその見解に同意し、その信頼性に責任があることを意味するものではなく、法的責任を負いません。 このサイトのすべてのリソースはインターネット上で収集されます共有の目的は、すべての人の学習と参照のみです。著作権または知的財産権の侵害がある場合は、メッセージを残してください。

最新の

五粮液東京高級プライベートディナーが味覚の交響曲を奏でる 「大国濃香」がグローバル高級レストランの新たなペアリングを定義

中日スマート製造が名古屋で連携、「出海市集」が進出課題を解決へ

五粮液東京高級プライベートディナーが味覚の交響曲を奏でる 「大国濃香」がグローバル高級レストランの新たなペアリングを定義

一心で業務を強化し、企業を興し、事業建設の総エンジンを活性化

省エネ・新エネルギー車技術ロードマップ3.0が正式に発表されました

2025アルカリ性土壌総合利用技術革新会議が山東省東営市で開催

© 著作権 2009-2020 毎日の时事    お問い合わせください  SiteMap