
イラスト:なかむらるみ

東京都港区赤坂8・9丁目の間を通る「乃木坂」。アイドルグループ「乃木坂46」の名前の由来でもあり、ファンの間では聖地とされている。
今回訪ねる店は赤坂7、8丁目の境角近くの路地裏にある。この辺は“町喫茶”の連載をしている頃に「まつもと」といういい感じの店へやってきたことがある。そのときは赤坂見附の方からTBSの山を越えて歩いてきたので、こんどは乃木坂からアプローチすることにした。
乃木坂の地下鉄駅を外苑東通り側に出ると、すぐ傍らの崖地に地名のもとになった将軍・乃木希(まれ)典(すけ)の旧邸と乃木神社がある。大正元年(1912年)の9月、明治天皇の崩御を悼んで自害した乃木将軍(夫人も)、夫妻の英霊を祀ったのが乃木神社というわけで、いまのセンスでは理解しがたいところもあるけれど、ともかく明治時代とともに生きた人物なのだ。表通り(外苑東通り)から目にとまるレンガ建ての馬小屋も、その奥の邸宅も乃木が在宅していた明治後期からのほぼ原形を留めていて、生々しさが感じられる。階段を下った谷側の神社に立ち寄ってから赤坂通りに出て少し行くと、谷側にデザイナーズマンションのような建物の区立赤坂中学校が見える。それを横目に左手の路地に入って、くにょんと湾曲した急坂を上っていくと右手に聖パウロ女子修道会がある。

明治22年竣工の「旧乃木邸馬小屋」。当時では珍しいとされたレンガ造りの馬小屋。
いわゆる修道院だが、この聖パウロ修道会というのは四谷の昔の文化放送の入っていた教会の持ち主であり、文化放送の前身は、終戦後に布教活動の一幹として聖パウロ修道会が立ちあげたラジオ局らしい(そういえば、昔から早朝に聖書朗読の番組をやっていた)。
この道はさらに進んだところで行きどまりになってしまう。突き抜けられないことはスマホの地図でおよそ察しは付いていたのだが、山に谷が入りくんだ赤坂にはこういう袋小路が多い。赤坂通りに引き返して、赤坂小学校前の交差点を左に行くと、そのうち谷町風情の商店街に入る。かなり前からある薬局の角の狭い路地の奥に「珉珉」と記した黄色い看板が見える。まさに路地裏にひっそりと建つこの佇まいは、町中華としても独特だ。暗灰コンクリ建築の2階屋は、どことなく中国の大陸の町の古い店を思わせる。

人気メニューの「ドラゴン炒飯」(935円)。ニンニクとニラがたっぷり。
ランチタイムは行列ができるほどの人気店だが、ピークを過ぎた2時前に店を訪ねた。玄関の正面に数個のカウンター席を置いた厨房があり、厨房を囲むようにL字形に座敷(といっても畳敷きではないが)のスペースが設けられている。座敷席について、今回のテーマメニューに掲げたドラゴン炒飯(チャーハン)、さらにジャージャー麺(冷たい方)、焼餃子、水餃子といったところを注文した。人気メニューの1つである焼きそば(チャーメン)は売り切れていたが、やや平たいメンをショウユ風味で炒めたチャーメンは、「珉珉」と名乗っていたいくつかの中華店の名物で、僕は通学していた日吉の町の珉珉でよく食べたものだが、もう随分前になくなってしまった。

「焼餃子」(770円)。珉珉では、お酢とコショウで食べるのが定番。
いわゆる羽根つき餃子とはまたタイプの違うバリッとした焼餃子、ショウユ味スープたっぷりめの水餃子、盛岡じゃじゃ麺の食感にも似たジャージャー麺も良かったが、1番目当てのドラゴン炒飯というのはパッと見、ホウレンソウのチャーハンなどを思わせる、あっさり系の佇まいだった。緑の葉片はホウレンソウではなくニラで、塩味の効いたチャーシューにタマゴ、そしてニンニクの味がかなり感じられる。
「ドラゴン炒飯は前の店長が考案した割と新しいメニューでして、ドラゴンはニンニクやニラによるパワーをイメージしたネーミングなんですよ」
と、いまの関店長が解説する。若い彼が奥の厨房の方で確認してきた店の開業年は東京オリンピックの後の昭和40年(1965年)で、創業店主はかつて渋谷の恋文横丁にあった「珉珉」の元祖店で修業していたらしい。
高橋通博という珉珉創業者は満州の引揚組のようだから、このコンクリ建築はやはりそういう風土の影響を受けたものかもしれない。
店前の路面の中央には昔の排水溝の跡と思しき細長い暗渠の筋が通って、すぐ先の突きあたりはさっき歩いた修道院などが丘上に建つ崖。まさに、赤坂の奥路地裏の名店だ。
◆◆◆

住所東京都港区赤坂8-7-4
電話03-3408-4805
営業時間11:30~14:30(LO13:55)、17:30~21:30(LO21:00)
定休日日曜、祝日
※掲載したお店や施設の臨時休業および年末年始・ゴールデンウイーク・お盆休みは営業時間などが変更になる場合がございます。事前にご確認ください。
※2026年9月4日時点での情報です。
※料金は原則的に税込み金額表示です。
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泉麻人コラムニスト

1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。近著に『「冗談画報」という楽しい番組があった』(三賢社) 『黄金の1980年代コラム』(三賢社)『夏の迷い子』(中央公論新社)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)、『1964 前の東京オリンピックのころを回想してみた。』(三賢社)、『冗談音楽の怪人・三木鶏郎』(新潮新書)、『東京いつもの喫茶店』(平凡社)、『大東京のらりくらりバス遊覧』(東京新聞)などがある。『大東京のらりくらりバス遊覧』の続編単行本が2021年2月下旬、東京新聞より発売された。
なかむらるみイラストレーター

1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。著書に、月刊たくさんのふしぎ『かっこいいピンクをさがしに』(福音館書店)、『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。泉さんの本では『東京ふつうの喫茶店』『東京いつもの喫茶店』(平凡社)、『大東京 のらりくらりバス遊覧』『続・大東京 のらりくらりバス遊覧』(東京新聞)などでイラストを担当している。
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