待望された出光真子の本格的な回顧展である。
もっとも、展覧会タイトル「おんなのさくひん」を待つまでもなく、女性であることが表現者としてさまざまな困難を抱えていた時代に、男性優位があたりまえすぎて可視化さえされていなかった性差をめぐる偏見や差別を、映像という、当時まだアートとして認知の薄かった手法を進んで使うことであかるみに出した出光の仕事がきわめて先駆的であったのは、本展を待つまでもなく自明ではあった。
なのでこの場では、そのことをあらためて繰り返すよりも、本展ならではの意義にふれたい。

出光真子《グレート・マザー幸子》1984年東京都写真美術館蔵©Mako Idemitsu
まず、本展は展示の構成がひじょうに秀逸である。もともと会場となる美術館は写真に特化して始まったことがあり、展示室の面積が限られていて、今回もワンフロアのみとなる。
出光の本格的な回顧展には不足ではないかという声も聞いた。だが今回、会場は天から吊(つ)られた柔らかく半透明な幕で迷路のように多重、かつ多様に仕切られている。
また、そうして作られたさまざまな形状のいわば内部空間が、随所で人の心中に身体ごと入り込むかの没入感を生み、出光が多用するブラウン管モニターの箱型の形状と響きあい、随所で画中画(ひとつの画面のなかの映像の入れ子は「マコスタイル」と呼ばれる)のような効果を上げている。
近年、映像といえば巨大なスクリーンへの投影が当たり前になっているなか、どんなに大きくても表面でしかないスクリーンよりも、箱の形状が人の頭部を思い起こさせ、実際の画像のなかでもその上に乗ったり手で撫(な)でられたりしているブ...
残り
653/1306 文字
この記事は会員限定です。
無料会員に登録する
有料会員に登録する
ログインして続きを読む
有料会員に登録すると
会員向け記事が読み放題
記事にコメントが書ける
紙面ビューアーが読める(プレミアム会員)
※宅配(紙)をご購読されている方は、お得な宅配プレミアムプラン(紙の購読料+300円)がオススメです。
会員登録について詳しく見る
よくある質問はこちら
免責事項:この記事は他のメディアから複製されています。転載の目的は、より多くの情報を伝えることです。このウェブサイトがその見解に同意し、その信頼性に責任があることを意味するものではなく、法的責任を負いません。 このサイトのすべてのリソースはインターネット上で収集されます共有の目的は、すべての人の学習と参照のみです。著作権または知的財産権の侵害がある場合は、メッセージを残してください。
© 著作権 2009-2020 毎日の时事 お問い合わせください SiteMap