
森英恵の孫の森星さん(右)と森泉さん/「生誕 100 年森英恵 ヴァイタル・タイプ」国立新美術館2026年展示風景

色鮮やかで華やかな
ドレスにうっとり。
でも、「ヴァイタル・タイプ」ってなに?
今年、生誕100年を迎えた森英恵。ファッションデザイナーとして世界進出を果たす一方、ファッションのメディア発信に取り組むなど、デザイナーの枠にとどまらない活躍をし、同時代を生きる女性の憧れとなった。それは自身が提唱した「ヴァイタル・タイプ」(仕事にも暮らしにも自分らしく取り組む)という生き方にも通じるものだった。小さな洋装店からスタートした彼女が、いかにしてニューヨークやパリを魅了するデザイナーになれたのか。没後、初の回顧展となる本展で、約400点の作品を通じて、森英恵のものづくりの全貌に触れてみよう。

「ひよしや」開店の頃1950年代半ば撮影:石井幸之助:森英恵事務所
日本を代表するファッションデザイナー、森英恵のダイナミックでパワフルな生涯を、5つの時代に分けて紹介する本展。最初に登場するのは、1951年に森が結婚、出産を経て25歳でオープンさせた洋装店「ひよしや」だ。店頭のウィンドウにカラフルな布やドレスを飾り、話題を集めると、映画会社から衣装づくりの話が舞い込み、彼女の飛躍の一歩が始まった。会場には、石原裕次郎はじめ、きらびやかな映画スターたちの衣装の数々がずらり。「これも森さんのデザイン?」と驚く人も多いのでは。デザイナー森英恵の原点に触れ、ワクワクするひとときだ。
1960年代は世界への挑戦の時代だ。仕事と子育てに追われ、過労で体調を崩した森は、長期休暇を取り、モードの最先端、パリやニューヨークへ。ここで大きな刺激を受けた森は、ニューヨークで作品を発表することを決意する。課題となったのは、「自分のアイデンティティ・日本をどう表現するか」。そこで日本の美術や布地について学び直し、縮緬、絹シフォン、藍染めなど日本の布地を活かすことに活路を見出す。会場には、和服地が華麗に変身したドレスたちが並び、Japanを体現する衣装が壮観だ。高品質な生地と丁寧な縫製で作られた衣装に、アメリカ人も度肝を抜かれたことだろう。
圧巻なのは、テキスタイルデザイナー松井忠郎氏とのコラボで実現した、オリジナルの布地でつくった衣装たち。百合や蝶、ダリアなどが大胆に染め抜かれた色鮮やかな布地と、その布で仕立てたドレスが一緒に展示されており、とても1960年代とは思えないモダンさと華麗さが目を引く。布地の個性を活かし、胸元に踊る蝶が斬新なドレスなど、森のデザイン力が光る衣装を、布地と見比べながら鑑賞するのも楽しい。

鮮やかなショッキングピンクに白い菊の花が全面に染め抜かれている/森英恵 《イヴニングアンサンブル (ジャンプスーツ、カフタン「菊のパジャマドレス」)》1966 年 ハナヱ・モリ 島根県立石見美術館 撮影: 小川真輝
1965年、ニューヨークで初となるコレクション「MIYABIYAKA(雅やか)」を発表したことをきっかけに、森のドレスはアメリカの高級百貨店での取り扱いが始まる。また、雑誌『ヴォーグ』の名物編集長ダイアナ・ヴリーランドに認められ、誌面で取りあげられたことも森の世界進出を後押しした。和洋の融合が美しい「菊のパジャマでレス」もこのとき誌面を飾った。森の特徴ともいえる鮮やかで強烈な色彩はラッカーレッド、フューシャピンクなどと呼ばれ、「きれいな色を使うデザイナー」として知られていった。
彼女の衣装は、今ではメトロポリタン美術館に収蔵されるほど、時代を映すものとなった。今回はそのなかから4点が初来日。伊藤若冲『月下白梅図』から着想を得たというドレスは一見の価値あり。黒い生地を白梅が彩る幻想的なこの作品は、日本美術の高名なコレクターだったメアリー・グリッグス・バークが特別に森に依頼してできたドレスだという。

アートディレクション:横尾忠則『流行通信』No.195、1980 年 4 月 株式会社流行通信島根県立石見美術館
ところで『流行通信』という雑誌をご存じだろうか。日本のファッション雑誌の先駆けであり、多くの著名なクリエイターが関わった伝説の雑誌だが、この雑誌、実はそもそもは、森英恵の新作を紹介する、その名も『森英恵流行通信』という、無料で配布された情報誌だった。本展では、今では貴重な、創刊当時の雑誌をはじめ、森の長男が編集長を務めた『STUDIO VOICE』、アメリカのファッション誌『WWD』などのバックナンバーも並び、ファッションを文化にするための軌跡がわかる。
さらに1978年、森は活動の拠点として自社ビル「ハナヱ・モリビル」を表参道につくり、ファッションに敏感な人々の交流の場として活用した。「ハナヱ・モリビル」といえば、ハーフミラーの外観と、上から見ると蝶の形になっている最新のデザインが目を引いたものだ。丹下健三のデザインと知り、思わず納得。今はもうないのが残念だ。

森英恵《イヴニングアンサンブル (ジャケット、ブラウス、スカート)》1977 年秋冬 ハナヱ・モリオートクチュール撮影: 小川真輝
次の展示場は、森が1977年から27年間、ライフワークとして取り組んだオートクチュールの世界だ。森はアジア人初、パリ・オートクチュール組合の正会員に選ばれた。オートクチュールに挑戦するにあたり、森はデザインをゼロから見直し、立体的なフォルムを重視した服作りに取り組んだという。確かに、ドレス全体がディテールにこだわったデザインになっている。「刺す」「折る」「編む」「重ねる」など、技法や素材に注目したドレスは、まさに圧巻だ。
森英恵と聞いて、最初に思い浮かぶ意匠といえば「蝶」「バタフライ」。そう、森英恵の代名詞ともいわれた蝶のデザインが盛り込まれたドレスも、このコーナーには多数登場する。

森英恵(右)の孫の森泉さん(左)が出演したハナヱ・モリ ファイナルオートクチュールコレクション 2024年7月7日提供:森英恵事務所
森と蝶の出合いは、彼女がアメリカに進出したころのこと。オペラ『マダム・バタフライ』で描かれた、哀れなだけの日本女性に憤りを覚えた森は、ジェット機に蝶を重ね合わせ、華やかでヴィヴィッドな蝶の柄を織物やプリントで発表し、大成功。「森=蝶」が定着した。しかし、それがかえって足かせになり、パリのオートクチュールでは、あえて蝶を封印することもあったという。それでも、彼女にとって蝶は大事なモチーフ。かつて、故郷の島根で飛び交う蝶に希望を見たという森は、折に触れて蝶をデザインに取り入れ、唯一無二のドレスを生み出していった。

左手前はオペラ歌手の佐藤しのぶのドレス、右手前は劇団四季の浅利慶太の依頼で作られた衣装/「生誕 100 年森英恵 ヴァイタル・タイプ」国立新美術館2026年展示風景撮影:小川真輝
最後を飾るのは、多くのアーティストとの協業の紹介。松本弘子(モデル)、田中一光(グラフィックデザイナー)、岡田茉莉子(女優)、黒柳徹子(女優)、佐藤しのぶ(オペラ歌手)、浅利慶太(演出家)など、綺羅星のごときスターたちとの交流が、森英恵伝説を彩っている。
ここまで見てきて、「華やかだけど、森さんの服は一般の私たちには手の届かない服」と思った人も多いだろう。でも、ご安心を。森は、実は日本航空の制服やオリンピック日本選手団のユニフォーム、学校の制服などもデザインしているのだ。彼女が掲げた「ヴァイタル・タイプ」、仕事も暮らしも一生懸命な、生き生きとした女性のための、機能性と美しさを両立させた服は、今も時代を超えて愛されている。特に日本航空の5代目制服は、紺のミニワンピースに幅広の赤いベルト、スカーフ、帽子が時代にマッチし、大きな話題となった。
1950年代からキャリアをスタートさせ、今日まで、さまざまな活動を通して日本のファッション業界の底上げに貢献してきた森英恵。カラフルなデザインのドレスは、美しいだけでなく、その陰には繊細な日本の手仕事の数々があり、布地やデザインを常に刷新させながら才能を開花させていったことが、よくわかった。改めて、森英恵は日本を代表するファッションデザイナーだということを実感させてくれる展覧会だ。

まさに世界にはばたいた
日本人女性ね!
生誕100年 森英恵 ヴァイタル・タイプ
会期: 4月15日(水)~7月6日(月)
会場:国立新美術館 企画展示室1E 〒106-8558 東京都港区六本木7-22-2
開館時間:10:00~18:00
※毎週金‧土曜日は20:00まで ※入場は閉館の30分前まで
休館日:毎週火曜日(ただし、5月5日(火・祝)は開館)
観覧料(税込):一般2,200円、大学生1,800円、高校生1,400円
※中学生以下は入場無料
※障害者手帳をご持参の方(付添の方1名を含む)は入場無料
問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)
https://morihanae100.jp
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