新宿のど真ん中で、半世紀にわたって大人が熱狂するカラオケ大会がある。都庁にほど近い新宿三井ビルディング(新宿区西新宿)のテナント企業による「会社対抗のど自慢大会」。各社を代表する「歌うま社員」のパフォーマンスの完成度は驚くほど高く、8月23日にあった決勝には1000人超の聴衆が集い、異様なまでの盛り上がりを見せた。
熱烈な応援が送られる中、パフォーマンスを披露する参加者=いずれも新宿区西新宿で
「最後のサビ、みんなで歌っていきましょー!」。入居するウィルオブ・コンストラクション社員の青島広美さん(25)が、ビル広場の特設ステージから呼びかけた。曲はスキー用品のCMソングに使われて大ヒットした広瀬香美さんの「ロマンスの神様」。シュレッダーで裁断した紙吹雪が舞う中、抜群の歌唱力をスキーウエア姿で披露すると、聴衆も「ボーイ・ミーツ・ガール」と呼応。アーティストのライブさながらの一体感を生み出した。
新宿三井ビルの広場に設営されたステージ
大会はビルが完成した1974年の翌年、開発が進む西新宿を盛り上げ、テナント企業同士の交流を図ろうと、三井不動産が主催した。同社ビルディング本部統括の川田友梨さん(40)は「参加数はわからないが、当時から盛り上がる大会だった」。別の企業に勤める出場者同士がビル食堂で顔を合わせて意気投合したり、一緒に練習したりするなど交流も生まれた。
コロナ禍に休止もあったが、47回目の今年はテナント約100社のうち、58社から過去最多の106組がエントリー。日本レコード大賞の元プロデューサーなど音楽業界の著名人が審査委員を務め、20組が決勝に進んだ。
デーモン閣下のコスプレも
決勝のトップバッターは東京ソフトウェアの岡本健介さん(30)らで、サラリーマンの悲哀を歌ったケツメイシの「闘え!サラリーマン」を熱唱。段ボールで手作りした電車や居酒屋のセットもあり、「本日は花金!楽しんでいきましょう!」と会場を盛り上げた。岡本さんは「一年で一番力を入れるイベント。小道具は社長自ら作りました」と興奮気味に語った。
聖飢魔Ⅱの「地獄の皇太子」を、ボーカルのデーモン閣下さんのコスプレで披露したのはテクニケーションの東出匠平さん(33)。ビル入居1年目で「想像の5倍以上の盛り上がり」と驚きを隠さず、「50年前から人に求められるものは変わらない」と語った。
紙吹雪が舞う中、笑顔でパフォーマンスする参加者たち
特別な思い入れを抱く人もいる。都内を中心にインド料理店「ターリー屋」を展開する吉川浩伸さん(63)は20年前、隣接するビルに店を開き、大会に憧れるように。若いころにシンガー・ソングライターを目指した経験もあり、「もう一度挑戦したい」と56歳からボイストレーニングを開始。2019年に入居がかない、今回が3回目の出場だ。清水翔太さんの「化粧」を歌い上げ、「各企業が全力を尽くし、他社も応援する。こんなに温かい大会はないですよ」。
決勝の全出場者がステージにあがるフィナーレは20位から順に結果が発表され、最後に残ったのは青島さんと吉川さん。優勝して泣き崩れる青島さんと満足げにほほ笑む吉川さんを割れんばかりの拍手と歓声が包んだ。
半世紀の歴史を重ねた大会を川田さんは「新宿三井ビルのアイコン」と言い切る。「これからも大会を通じて新たなコミュニティーやビジネス、出会いが生まれれば」と期待を寄せた。
◆文・西川正志/写真・安江実
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うちわなどを手に声援を送る聴衆
趣向を凝らした衣装でステージに立つ参加者たち
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